INORANが7月9日(土)、ソロデビュー25周年を記念した最新アルバム『IN MY OASIS Billboard Session』を披露するアコースティック・ツアーをスタートさせた。
6月29日に発売となったこのアルバムは、2019年以降、Billboard LiveでINORANが繰り広げて来たアコースティック・ライヴ・シリーズを初めて正式に音源化したもの。Billboard Live全面協力のもと制作されたアルバムは、Billboard Live YOKOHAMAでレコーディングされ、Billboard Liveで演奏されてきた既存楽曲に加え、書き下ろしの新曲「Glorious Sky」、シンディー・ローパーの名曲「Time After Time」のカヴァーも収録。
ヴォーカリストとして、ギタリストとして、作・編曲家としてのINORANの最新形を味わうことのできる本作を、東京、横浜、そして大阪のBillboard Liveでいち早く体感できるのが、アルバムと同タイトルの本ツアーである。
このレポート取材を行なったのは、東京初日7月9日の2ndステージ。観客は着席して食事や飲み物を楽しみながら、開演の時を待っていた。新型コロナウイルス感染症対策は引き続き徹底して行われており、マスクの着用、応援は歓声ではなく拍手で、などの鑑賞ルールがアナウンスされていた。
(※以下、ネタバレを含む記述となります)
「INORAN IN MY OASIS Billboard Session」の様子 Photo by 田辺 佳子 画像 2/4
神秘的なSEが鳴り響き、何かを探すように彷徨う白い照明が天井からステージへと射し込んだ。客席を通り抜ける形で葉山拓亮(ピアノ)、Yui(ヴァイオリン)、島津由美(チェロ)が登壇。3人が位置についたところで、ひときわ大きな拍手に出迎えられながらINORANがステージに現れると、マイクスタンドを左手で支え天を仰いだ。仄暗い虚空に、INORANの表情だけが浮かび上がるような、詩的な美しさを感じる照明演出。ゆったりと柔らかく歌い始めたのは「千年花」である。序盤のSEから繋がる流れはアルバム『IN MY OASIS』の新アレンジであり、ノスタルジーと近未来感とが共存する洗練されたサウンドスケープを見事に具現化していた。
歌い終えて大拍手を浴びたINORANは、背後にスタンバイされていたアコースティック・ギターから一本を手にして構え、「Beautiful Now」以降はムードを一変。弾けんばかりの笑顔でギターを搔き鳴らしながら、リズムに乗せて身を揺らし熱唱した。「ついにBillboardツアーが始まりました。このBillboardとタッグを組んでアルバムをつくることができて、そして、こうしてツアーができるってことが、みんなで一緒にものをつくれるってことが、どれだけ貴重でどれだけありがたいか。今この瞬間も感じています」と切々と語った。
このツアーは東京、横浜、大阪の各地2DAYS、1日に2ステージずつ開催。この東京公演のセットリストはなんと4パターン用意されており、4公演観て初めて『IN MY OASIS』収録曲をコンプリートできるものになっていた。選曲だけでなく曲順も大胆に変更されているので、公演ごとに印象が大きく変化し、違った楽しみ方ができるのは間違いない。
「INORAN IN MY OASIS Billboard Session」の様子 Photo by 田辺 佳子 画像 3/4
もちろん、アルバムにスペシャルゲストとして参加したR&Bヴォーカリスト、傳田真央がライヴにも登場。「Fading Memory」を伸びやかに歌う傳田に寄り添うように、アコースティック・ギターを柔らかいタッチで指弾きしつつ、声を合わせるINORAN。続いてギターを置いたINORANが歌い始めたのはTourbillon(※INORANがRYUICHI、葉山と活動するロックユニット)の「kagari-bi」。表情豊かな掌の動きからも伝わってくる、溢れる想い。スタンドからもぎ取るようにしてハンドマイクで歌い、傳田とのハーモニー、ユニゾンを響かせる熱いパフォーマンスを繰り広げると、大きな拍手が沸き起こった。
MCでは、発端はスタッフからの提案だったという傳田とのコラボレーションについて、自分の中にいつしか出来上がっていたカテゴリーを越える、新鮮な化学反応が起きた「いい出会い」であったことを語る。「真央さんがこのメンバーに入ってくれることで生まれるハーモニーがある。『もうちょっと寄り添えるように自分も歌わなきゃいけないな』と思ってやっていると、それがパワーになる。今日という日にここに来ることを選んでくれたみんなに、それをギフトできると思っています」とINORAN。人との出会い、結びつきを大切にし、そこから生まれる熱を音楽に込めて届けてきたINORANらしい言葉だった。
「Time After Time」のカヴァーでは、メロディーラインは原曲に忠実ながら、型にはまらないエモーションの炸裂をそれぞれに見せた二人。歌い終えてINORANは、「誰が歌ってもいい曲なんですけど……どうですか?」と問い掛け、観客は力強い拍手で回答していた。何と言っても圧倒的だったのは、新曲「Glorious Sky」。淡いグリーンと白の光がまるで呼吸するかのようなテンポ感で明滅する中、INORANと傳田が絡み合わせたツインヴォーカル。音程がドラマティックに乱高下して紡がれる旋律は、空を飛ぶ鳥のように軽やかで、どこまでも自由。どちらか一人のパートだけ取り出しても美しいのだが、二人の音程が重なったり離れたりして生まれる共鳴は更に美しく、木漏れ日のような光を感じさせた。
深い余韻を残して歌い終えると、この曲で記録しておきたかった想いについて、言葉をじっくりと選びながら語り始めたINORAN。人生の中での無数の出会いに想いを馳せ、「人の波動が触れ合って、揺れたりすることで、生まれる目に見えないものであったり、耳で感じている、その人の音であったり。その人の匂いであったり。そういうのも記録しておきたいな、と。そうやって、作った先に出会う人もたくさんいる」とコメント。音楽を生み出し、アルバムという形にする際に、レコードメーカーのスタッフに会い、メディア関係者と会って取材を受け、ライヴをすればメンバーに会える。「その繰り返しはルーティーンではなくて、繰り返しながら景色が変わっていく……『Glorious Sky』はそういう曲なんです」と、熱く語り、そんな自身に照れたかのようにINORANは笑った。しっかりとその言葉を受け止めたことが分かる、観客の熱い拍手を聞き届けてから、「この2年、たくさんつらいことがあったと思うけど……分かったことがあったと思うんだ」と改めて口を開くと、ライヴ活動がコロナ禍で苦境に追いやられた状況を示唆しながら、「みんな音楽を聴いてたでしょ? そこに音楽があってほしいし、あっただろうし、あってくれてありがとう、だろうし…」と続けたINORAN。
「そんなパンデミックの中で、いちばん最初にライヴをさせてもらえたのがBillboardで。その熱意に、僕はすごく心を動かされて。絶対にここは自分の“オアシス”だなと感じた。それが今回のアルバム・タイトルの本当の意味です」とも語った。
「パンデミックでマスクをして、まだ声は出せないかもしれないけど、一つだけできることがあります」と自ら手を鳴らしてみせると、座席エリアの左右に分けて2種類のクラップをレクチャー。「Rise Again」では、そのリズムに乗せてファンを煽りながらパフォーマンスし、会場を一体感で包み込んでいった。
「INORAN IN MY OASIS Billboard Session」の様子 Photo by 田辺 佳子 画像 4/4
最後はストレートなメッセージが伝わる「Thank You」を届けるという選曲。終盤でステージ背後の幕が左右に開いて全面ガラスの向こうに六本木の夜景が露わになり、Billboard Live TOKYOならではの眩い光景が広がっていく。穏やかで幸福な空気感の中で公演は幕を閉じた。傳田を再び呼び込んでメンバー全員を一人一人改めて紹介し、「今日は皆さん、来てくれて感謝しています。本当にどうもありがとうございました!」とINORANが代表して観客に挨拶し、ラインナップした全員で深く礼。メンバーを拍手で送りだした後、一人残って改めて挨拶すると、笑顔でステージを去った。
25周年というアニバーサリーのタイミングで、INORANがこのアコースティック・アルバムを生み出したことの意味は、想像以上に深く大きい。曲ごとに新解釈を楽しめる多彩なアレンジはINORANの個性とセンスの結晶。25周年にしてヴォーカリストとして進化を遂げ、次章への突入を感じさせる歌声は驚異的ですらある。ステージ上では多くを語らなかったが、LUNA SEAの30周年ツアーもパンデミックに見舞われ多大な影響を受けたこと、かつ、声帯に不調を抱えながら格闘していたRYUICHIをINORANが熱いコーラスで支えていたことも、INORANのヴォーカリストとしての深化に色濃く反映されているのは無視できない。INORANの紡いで来た音楽人生がまたひとつの形として結実した、ドラマティックな名盤なのである。東京公演を終え、7月27日(水)・28日(木)にBillboard Live YOKOHAMA、8月2日(火)・3日(水)にはBillboard Live OSAKAへと、旅は続いていく。一度このライヴを体感したら、「もう一度観たい」と多くの人が願うだろう。2022年の最新のINORANの姿を、是非体感してほしい。
ライヴ撮影:田辺 佳子
取材・文:大前 多恵