国内外で高く評価されたバーテンダーの故・澤井慶明氏が創業した「銀座レストラン&バー ST.SAWAIオリオンズ」が2024年7月23日、営業を再開した。新型コロナウイルスの流行や設備の老朽化などで今年5月に閉店を余儀なくされたが、常連客等の支援で再オープン。この日午後6時の開店時刻になると、スーツ姿の常連客が続々と来店し、「いつもの!」と言ってカウンターに座って再オープンを祝った。
ST.SAWAIオリオンズは、国内外で高く評価されたバーテンダー、故・澤井慶明氏が「日本で一番美味しい料理とお酒をリーズナブルな値段で皆様に楽しんでもらいたい」と思い、1972年に創業した。作家の伊集院静や渡辺淳一ら数々の著名人たちが通ったことで知られる。
銀座レストラン&バー ST.SAWAIオリオンズ(※提供画像) 画像 2/7
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しかし、コロナ禍の影響と設備の老化に加え、働き手を確保することもままならなくなった。澤井氏が亡くなった2006年から店を守ってきた屋良利宗さんは「精神的にまいったときもありましたが、ここまでしっかりとやりきったという気持ちがありました」と、今年5月に閉店を決めた。
閉店の情報を聞いた客が資金を持ち寄り、水回り設備や厨房機器を一新した。内装は「古き良き昭和」の雰囲気をそのままに残している。
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来店客の一人は「この店に来たら、これを頼まなきゃ」と、「特選和牛 ローストビーフ」を頼んだ。国産和牛にあっさりとしたグレイビーソース(調理された食肉から出る肉汁を使って仕上げたソース)がかかっている。甘味のある脂身と西洋わさびの相性が評判を呼び、店の看板メニューになった。赤ワインを一緒に楽しむ客が多いという。
屋良さんは「赤ワインももちろん相性抜群ですが、柑橘を使ったカクテルもおすすめです」と話す。
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一番人気のカクテルは「MR.K(ミスター K)」。故・澤井慶明氏が息子の慶(ケイ)さんのために作ったオリジナルカクテルだという。このカクテルで、澤井氏は1967年、国際バーテンダー協会カクテル・コンテスト最優秀技術賞を受賞した。ベースはヘネシー。ガリアーノと生クリームを加えてシェイクし、最後にカカオパウダーで「K」の文字をあしらっている。屋良さんは「澤井さんは慶さんをとても大切にしていました」と語る。アルコール度数の高いブランデーを生クリームのまろやかさで包み込んだ味がした。
再オープン当日、代表の屋良利宗さんに話を聞いた。
52年間にわたる店の歴史に終止符を打とうと思ったとき、「奥さんに手伝ってもらうなど色々と手を尽くしましたが、精神的にも参ってしまい、周りの仲間に相談した」という。相談した仲間たちは残念そうな表情をしていた。しかし、屋良さんはこう話す。「私自身はここまでしっかりとやりきったという気持ちがあったので、相談したあとは、すごくあっさりとした気分になっていました」。
そんな屋良さんに対し、銀座に店を構える同業者やこの店から独立して郷里に戻ってバーを開いていた仲間たちが「もう一度頑張りましょう」と言ってきた。
屋良さんは言う。
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「仲間たちの声に突き動かされました。クラブの経営者やママさんにも尽力していただき、資金を出していただける方とも巡り合うことができました。内装は今までの雰囲気を維持しつつ、老朽化していた水回りやガス周りを新調しました。新たに店を切り盛りする8人の仲間も加わりました」
屋良さんは再オープンすることを決め、常連客約1800人に手紙を送った。文面にはこう書いた。「皆さまのおかげで再びオリオンズの灯をともすことができるのは望外の喜びです」。
再オープンした店内でインタビューに応じた屋良さんは「ST.SAWAIオリオンズの雰囲気には不思議な力がある」としたうえで、こう加えた。
「店の雰囲気は昨日今日でつくれるものではありません。パッと入ってきたお客様も不思議とこの空間に馴染むように変わっていくんです。昔からオリオンズを利用されているお客様が出世して、社長になったという話を聞くと嬉しいですね」
50人は収容できる店内にホテルラウンジのような雰囲気を感じるのは、澤井氏がそもそもホテルマンだったことに関係している。国際バーテンダー協会(IBA)副会長を18年間務めていた澤井氏の凄みについてこう話す。
「澤井さんは大のお酒好きなんです。だからこそ自分にも厳しかったんです。バーテンダーという仕事柄、同業者の店に行くことがあるんですが、澤井さんは決してご馳走にはならず、自分のお金を払っていました。決して借りを作ることはなく、よくないところはしっかりと指摘するという性格でした」
澤井氏の意志を継いで店を守り続けてきた屋良さんは、再開にあたって新たな目標を持っている。
「今までは私の代で終わりにしようと思っていましたが、今は引き継ぐ人を育てたいと思っています。ただそれは芯のある人でないと難しいと思います。そして、私など上司ではなく、お店そのものが好きになってもらわなければいけません。銀座にもたくさんのバーがあり、何十年も続いているところもあります。ただ、その多くのバーテンダーが高齢で一代で終わってしまうという状況にあります。澤井さんのお店を継いだ自分だからこそ次世代に繋いでいきたいと今考えています」
できるだけ変えない。
それが先代の澤井氏から次世代に繋ぐ、屋良さんの美学だという。
ST.SAWAIオリオンズの店内に一歩足を踏み込めば、あなたも店の雰囲気にだんだんと溶け込んでいくだろう。
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■ST.SAWAI オリオンズ
東京都中央区銀座7-3-13 ニューギンザビル1号館10F
TEL:03-3571-8732
定休日:土日祝
営業時間:18:00~翌3:00
チャージ: 1400円~ 席数: 80席